地域と。お客様と。社員と。つながるSTORY

01.

地域の安全のために、
努め続けて

交通量の多い大阪市北区大淀エリアの街角。 通行人にティッシュを配りながら、元気な声で事故防止を呼びかける姿があります。 宮坂龍介(会長)、現在80歳。かれこれ40年近く大淀交通安全協会の一員として、 街頭に立ち、人々に安全を訴え続けてきました。 またあるときは警察署員がかかわる地元小学校の交通安全イベントにも参加。 人より早く現場を訪れ、汗を流して会場設営のサポートを行っています。 そのような安全啓発に労を惜しまない姿勢が多くの人々に認められ、2003年より大淀交通安全協会の会長職へ。 「人から頼まれるうちが華」と笑う龍介は、経営者として多忙な日々を過ごしながらも、 二つ返事で地域の役職を引き受けてきました。 かつては大淀防犯協会の副会長を務めていたこともあります。

地域に生かされているという原点の想い

地域に生かされているという
原点の想い

大型車両を用いて産業廃棄物の運搬を行う宮坂産業にとって、「安全」は事業を継続するうえでの最重要課題。 経営者が安全を強く意識するのは当然のことです。しかし、会社内部の安全啓発だけでなく、 地域住民に対しても企業のトップである会長が安全を呼びかけ続けているのはなぜでしょうか。
実は龍介には、ずっと大切にしてきた一つの想いがあります。思い出すのは親がこの会社を立ち上げた当時のこと。 大阪府の公安委員会で金属屑業の営業許可を取得し、金属やダンボールなどの専ら物(もっぱらぶつ)を集め、 それを生活の糧にしていた頃のことです。もともと大淀周辺は事業のために選んだ場所で、それまで宮坂一家にとっては何の縁もなかった土地。 しかし、仕事をはじめて周囲を訪ね歩くようになると徐々に顔見知りが増え、いろいろな専ら物を回してもらえるようになりました。 おかげで生計が成り立つようになっていきました。「その頃からです。自分たちは地域に生かされていると感じるようになったのは」。 地域の今日があってこそ、自分たちの明日がある。 自分たちもただ支えられるだけでなく、地域を支え、またそこから力をいただく会社にならなければ。 その想いが現在まで続く、安全啓発活動にもつながっているのです。

駐車場の大型トラックを、大正に移動して

駐車場の大型トラックを、
大正に移動して

地域の安全のために、7年前には大型車両の駐車場所を、本社周辺から大正区の新拠点へ移動させる経営判断も行いました。 これは龍介の意志を引き継ぐ、宮坂竜司(社長)の考え。「周辺地域には自転車で走る親子の姿も多い。 いくら熟練したドライバーが運転するとはいえ、事故発生のリスクはできるだけ事前に取り除くに越したことはない」。 駐車場の移転によって不便を被る従業員もいましたが、地域の安全を守りたいからと説得し、抜本的に業務フローから見直していきました。
そしてトラックが不在となり、見晴らしの良くなった駐車場には、一つの看板が据え付けられました。 「淀川が氾濫したら、この位置まで浸水します。避難場所は150m先の小学校です」。 それは住民に対する非常時の注意喚起のメッセージでした。誰かに届いているのだろうか。 一方的な呼びかけはただの独りよがりにも思われましたが、竜司は何かのイベントの折に地域の人から、 「宮坂さんって、あの、津波の宮坂さん?」と尋ねられたと言います。 地域に向けて発した小さなメッセージはちゃんと周囲の家庭に届いており、 「津波のときにはあそこに逃げよう」という家族の話し合いにもつながっていたのです。

この地域で得た縁を、これからも大切にしたい

この地域で得た縁を、
これからも大切にしたい

宮坂産業の本社の3階に設けられた、小さなお社。 そこには、はじめてこの土地に訪れたときに門のところで偶然見つかった白蛇を祀っています。 この地域で得た縁を、生涯大切にしていきたい。そんな想いがお社には込められているのだとか。 毎年6月にはお社の前に火をたき、神職による護摩祈祷を行っています。このイベントには、本社の社員全員が参加。 パチパチとはぜる火の勢いで空高く舞い上がっていく灰の下、手を合わせて祈るのは、仲間の無事と地域の人々の健やかな暮らしです。 「どうか、私たちにかかわるすべての人の安全が守られ続けますように」。 地域に生かされていることを知る宮坂産業は今後世代が代わっても、この祈りを捧げ続けていくことでしょう。

原稿作成時期:2019年9月